女子をdiscourageしない外国製クールジャパン「ベイマックス」


世間の受け止め方としては、女子の為のアナと雪の女王・男子の為のベイマックスという感じなのだと思いますが、「ベイマックス」も充分、女子に優しい。女子だけじゃなくていろんな人に優しい。
ヒーロー、戦隊、怪獣(着ぐるみ!)、ロボット…藤子不二雄ジブリの要素も入っていますね。“クールジャパン”的な要素が、日本の類似作では(理念上はともかく、具体的な描写レベルでは)なかなかまっとうに反映されない「多様性」という最近のディズニーやマーベルのテーマでくるんである。その結果、いろんな人に優しい素晴らしい作品になりました。


一芸に秀でた変わり者たちが、各々の得意技を活かす事で最強のチームになる…というお話は王道ですが、メンバーの全員が理工系の学生というのは珍しい。信じる気持ちがどうとか根性論・精神論ではなく、頭を使って工夫してピンチを打開していく展開も気持ちがいい。いわゆる「良心回路」的な設定は日本だと情緒的な解決法をとりがちで(煩悶の末に機能がストップするとか)、それも悪くないのですが、ベイマックスではあくまでそのシステムをロジカルに、しかしテーマにそってひねりのある使い方をしている所もとても好きです。
大学でヒロが他のメンバーからそれぞれの研究内容の紹介をうけるシーンがあるのですが、なんだかそこで泣きそうになってしまいました。大学は研究が好きな人が研究をするところです。大学入試に学力以外も見るという阿呆な方針を目にしたばかりだったので、生き生きと自分の研究の話をするみんなの姿がとても眩しく見えます。
「科学技術とは使いようによって善にも悪にもなる」という事も示されているのですが、全体としては大学、研究、知的活動といったものがきわめてポジティブに、憧れの対象として描かれています。本作を見て「自分も大学に行ってベイマックスを/作中に出てきた道具を作りたい」と思う子供は少なくないでしょう。そういえばヒック(「ヒックとドラゴン」)も自分で色々と道具を作る子ですし、トニー・スターク(「アイアンマン」)もエンジニアで、最近のアメリカのヒット作の主人公に理工系が目立つような?(ヒックの原作はイギリスですが)


モチーフが戦隊ものなので、メンバーには女子が二人います。理工系の大学で、しかもヒーロー活動をする。それは二重に「女の子らしくない」。でもそんな事は誰も気にしていません。女の癖にとか、女なんだからこれをしろ、そんな事するなとか、揶揄するようなことは言われません。
アナと雪の女王」のように直接女子の背中を押す物語ではありませんが、「ベイマックス」には女子をdiscourageするシーンがありません。ゴーゴーもハニー・レモンも、ただ自分の能力を活かして、自分のやりたい事を、研究仲間として、友人として、ヒーロー仲間として行っているだけなのです。女子間の物語であったアナ雪も好きですが、男子と混ざった上でのこのニュートラルな描写のありがたさと来たら!
特にハニー・レモンが良いです。彼女はゆるふわマイペースだが「ドジっ子ではない」。自分で作ったお洒落なカバン型の道具を携え、自分の専門分野の知識を活かしてきちんと活躍します。すらっとしたのっぽさんですが、そこもからかいの対象となる事はなく、本人も気にしていないのでしょう、更に厚底ハイヒールを履いて出歩いているシーンもあります。


小さい頃から戦隊や少年マンガやといった男子向けの物語が好きで、でもことあるごとに、仲間であると思っていた男性ファンから、作り手からも、「これは女子のものではない」と突っぱねられて来た全私が泣いた。幼少期から現在、そして未来まで、すべての年代の私が、ベイマックスに肯定されて泣いている。
宣伝にあった「心と体を守るために」は粉飾だと思うんだけど(ケアロボットなので本編では「体を〜」としか言ってないよね?あれは本編のセリフっぽく流れているけど、おそらく宣伝用の付け足し)、実際に心が癒されてしまったのでしかたがない…
男子向け作品を愛好する系女子である私は、女子周りの描写について特に感激しましたが、これはもちろん「多様性」を追求するとジェンダーの押しつけからも自由になるという例であって、男子キャラクターの描写も同様に多様性に満ちています。作中の誰も「○○らしさ」を押し付けられていない。
フレッドのあれはちょっとやりすぎというか巧みすぎだろ!?とも思うんだけど、あれは意味が分かる人にとってはもう魂が震えますよね…。彼に、オタクであること、ヒーロー好きであることを肯定されたらそら号泣するしかないわ。


ヴィランとの戦闘のカタルシスなどを求めると物足りなさもあるかと思いますが、そこはディズニーらしさでもあるし、子供向け作品でもあるし、あくまでヒロの喪失からの再生の物語が主眼であるという事でしょうね(飛行や戦闘シーンなど「アクション映画」としてはきわめてハイレベルでとてもワクワクします!)
「優しさで世界を救えるか?」というコピーも、「いま世界に必要なのは多様性=ヒーローに必要なのは寛容(自立と他者尊重の精神)」と捉えれば、理解でき…なくも…ない…。(以下ちょっとネタバレ)クライマックスが戦闘シーンではない、というのもその辺りを示しています。敵を倒すではなく、人を救うためのロケットパンチ、とても良かった。


ちょっとずつ改善されているとはいえ、日本のアニメや特撮などが、「(日本人の)ヘテロ男子向けジャンル」という出自にとらわれすぎて、なかなかそこから脱却出来ず、多様性への配慮が甘いのは本当に歯がゆくて。「ベイマックス」や「パシフィック・リム」のように、なんちゃって日本ではなく、日本作品の独自性を咀嚼し、かつ多様性に配慮した作品が海外で作られるのなら、国内作品では疎外される身としては、我慢する事なくそっち愛好してりゃいいや、という気持ちになってしまいます(オタク業界が特に差別的なのではなく、そもそも日本人の平均的な認識が甘いだけだとは思うんですが。※全体が酷いという話であって、オタク業界が酷くないという話ではない)


これは別件の時に見かけた、アメコミファンのかたのtwですが。



こういう事を書くと「なんでも欧米基準に合わせればいいってもんじゃない、日本には日本独自の文化や感覚がある」という人がいますが、少なくともジェンダー関連に関しては、不満に思っている人が“日本人の中にも”一定数いる(のに作り手が理解してなくて対応しきれてない)のでは?という話なんですよ。だからこそ「アナと雪の女王」があれだけのヒットしたんじゃないのかな?


あと「ベイマックス」「パシフィック・リム」「GODZILLA」(レジェンダリー版)などの、外国製クール・ジャパン作品を見ててちょっと思ったんですが(以下、一部の作品のネタバレになりますが)これらって「特攻(自己犠牲)を肯定しない」という共通項があるように思いました。主人公達はあくまで自分も含めて生き残る為に行動している。もちろんヒーローとして究極的には他人の為に自己を犠牲する覚悟はあるんでしょうけど、自分の命を諦める一線がかなり高めに設定されていて、ハッピーエンド志向もあるのでしょうか、(ドラマを盛り上げる為に)安易に自己犠牲にロマンを託すような演出が避けられているように思いました。個人的にはそういう所も好きですね。


見終わって見ると、内容的に確かにあの感動推しの宣伝戦略は間違ってはいないなーとも思いましたが、だが!私としては!あの宣伝では興味を持たないであろう、男児向け作品ばかり愛好しているタイプの女児にこそ「ベイマックス」を見てほしい!彼女たちにこそこの作品を届けたい!だからやっぱりあの宣伝は、駄目!