アナの魔法を解いたのはだれか?「アナと雪の女王」

感動のあまり泣きすぎて頭痛になった私ですら引くレベルで爆ヒット中の「アナと雪の女王」ですが、感想などを見て回っていると、作中のある部分を誤解している人がちらほら。テーマがどうメタファがどうといった解釈に関する事ではなく、ある出来事の主体がだれか、という単純な事実についての誤解です。オチに関わる部分なのでそこは具体的に言及してない人も多く、誤解している人がどれくらいいるかはっきりわかりませんが、twitterでその話をしたら「言われてみると確かに」という感想を複数貰ったので、誤解している人は一定数いると思われます。テーマや解釈についてはすでに語られまくっているので、ネタバレの上でその出来事にしぼって説明しようと思います。


【ネタバレだよ!】

問題の箇所はラスト、大オチです。
完全に氷となってしまったアナを抱きしめエルサが悲嘆にくれていると、魔法がとけてアナが息を吹き返します。ハッピーエンド。
トロールに「真実の愛が魔法をとく」と説明され、愛を求めてアナとクリストフは行動を起こしていたのですが、さて、ラストでアナの魔法を解いたのは誰の、誰への愛なのでしょうか。「エルサの、アナへの愛」と思っている人がいますが、間違いです。
ただしくは「アナの、エルサへの愛」。
魔法をとく鍵は字幕だと「真実の愛」となっているのですが、英語では一貫して「An act of true love」*1。と言っています。トロールの説明は「An act of true love will thaw a frozen heart.」だからそれを聞いたアナ達は「愛ゆえの行動?→キスすればいいのかな?」と思ったわけです。
で、クライマックスの場面でactionを起こしたのはアナのほうです。アナに助けられ、泣いていたあの場のエルサは「An act of true love」の主体ではありえない。

アナの魔法が解けたのを見てオラフがあらためて「An act of true love will thaw a frozen heart.」というのですが、ここはおそらく二重の意味があり、ひとつは「魔法で凍った(アナの)心がとけた」という起きた出来事そのままの意味。あともうひとつは「閉ざされていたエルサの心がとけた」という隠喩。

(原作を踏まえると「アナの愛によってエルサの心がとけ、それに伴ってアナにかかっていた魔法もとけた」という解釈も可能ではあるのですが、私はアナを溶かしたのはあくまでアナ自身の行動であり、妹の行動によってエルサが自己肯定感を得て、能力のコントロール法を会得した、という流れだと思っています。アナの魔法がとけた後にエルサがあらためてアレンデールを覆っていた氷を溶かしているからです)

8/11追記
小説版をよんだところ、アナの魔法を解いたのはなにか(誰か)&エルサが能力をコントロール出来るようになった流れについて、地の文で野暮なくらいはっきりと記述があり、上記の通りでした。「An act of true」をきちんと訳出している箇所もあります(日本語としてぎこちなくなるので一部でしたが)。大人ならすんなり読める分量ですし、一度目を通すとこの物語のテーマがクリアになると思います(なんならクライマックスの部分だけでも)。


2015/03/07追記
※アナ雪の小説が二種類出ている事に最近気づきました…。私が読んだ、ラストの展開がクリアに書いてあるのは偕成社から出ている渋谷正子訳のほうです。

アナと雪の女王 (ディズニーアニメ小説版)

アナと雪の女王 (ディズニーアニメ小説版)

アナと雪の女王」の描く愛

アナと雪の女王」は恋愛否定だ、男より家族愛かという言い方もされますが、それも少し違うと思います。クライマックスのアナはクリストフのほうに駆け寄ってキスをして貰えば助かる(と、あの時点で彼女も観客も思っている)けれどそれを待っていたらエルサが殺されてしまう(そしてエルサを助けに行ったら完全に氷化するだろう)という状況なので、あそこは「クリストフよりエルサを選んだ」のではなく「自分の命よりエルサを選んだ」と表現するほうが正確。
魔法が解けた直後、エルサは「...You sacrificed yourself for me?」と聞き、それに対してアナは「I love you.」と返しています。エルサを愛してるから自分を犠牲にしたのよ、という事です。
暖炉のシーンでオラフは「Love is...putting someone else’s needs before yours」(愛とは自分より誰かを優先すること)「Some people are worth melting for.」(君の為ならとけてもいい)と言っています。要するに本作における愛とは自己犠牲/無私/献身といったものであると、クライマックス直前に強調されています(字幕だけ追っていて英語には意識がいっていなかったとしても、これらオラフのセリフが伏線となって、テーマを、誰の愛が魔法をといたのか、導き出すことは一応出来る作りになっていると思うのですが…)

まあ命までかけずとも、「An act of」と執拗に繰り返しているところを踏まえると、「愛とは(我が身を省みず)だれかのために行動すること」くらいでしょうか。愛とは受けとるものではなく、与えるものであると。ちなみにこのモチーフは「プリンセスと魔法のキス」「ラプンツェル」でも描かれていました。
今作は献身の対象が恋人ではなかったのが大きな特徴なのですが、恋愛否定というほどの強さはなく、せいぜい「真実の愛とは恋愛関係間に限ったものではない」くらいだと思います。アナとクリストフは一応カップルになっているわけですから。とはいえ、スケートリンクでアナとエルサがきゃっきゃっしてるとカメラが引いていく、という終わり方にはちょっと笑ってしまったのですが。かわいそう!クリストフかわいそう!

アナと雪の女王」はストーリーがない?

「映像と音楽はすごいがストーリーが…」という意見もよく目にします。「ストーリーがない」とまで言う人も。当初はジェンダー/セクシュアリティ的な部分がピンとこないとそういう感想になるのかなと思ったのですが、ラストの展開を誤解してる人の存在を知り、ふと思ったのですが、もしや「ストーリーがない」派はただ単にラストの展開を勘違いしてそう思っているだけなのでは…?
アナの魔法をといたのがエルサ(の愛)だと思ってしまうと、具体性を欠いた、ふわふわした話になってしまうんですね。「とにかく愛(=気持ち)さえあればなんでもできる」みたいな。献身というラストの展開に対して「ありきたり(新規性がない」)」「王道」ならまだしも、「ストーリーがない」とまで言われるのは違和感があったのですが。そう考えると腑に落ちるのですが…どうなんでしょうか、その辺?

「An act of true love」

字幕にしろ吹き替えにしろ翻訳には制限があって大変な事は百も承知ですし、今回の記事を書くにあたり自分でも考えましたが「An act of true love」をスマートな日本語に訳すのは確かに難しい。しかし作品のテーマの根幹にかかわるところですし、前後のセリフなどでフォローを入れるなりして、もうちょっとわかりやすくしてもよかったんじゃないかなあ…という気がします。

*1:吹き替えでどうなってるか不明