BSアニメ夜話/劇場版 少女革命ウテナ


監督のトークイベントがあったりとか、キルキラルに微妙にウテナっぽい要素がちら見えして色々連想するとか、先日「滝の白糸」を見てあの辺の演劇の事を考えていたとか、今度出るウテナモデルのブーティーが可愛いぞとか、色々あってこの番組の事を思い出したので個人的に印象的だったところをまとめてみました。

・正確な書き起こしではなく文意を変えない程度に整理した所もあります。
・特に断りがない場合は劇場版についてのお話です

BSアニメ夜話/劇場版 少女革命ウテナ〜アドゥレセンス黙示録

2005年10月25日
司会:岡田斗司夫、里匠(NHKアナウンサー)
ゲスト:高見恭子小谷真理森川嘉一郎榎戸洋司

ゲストが順番に気になるシーンを挙げて、それについて榎戸さんが答えていくという流れ。

里さんが気になった点。影絵少女と不思議な背景、世界観について


榎戸「テレビシリーズの影絵少女は、あくまで劇中劇、お芝居なので、そこでどんな不条理があっても(作中では)誰もつっこまないんですよ。
ウテナの世界、アニメ自体がそういうものだと思ってみていただくと分かりやすいかなと。黒板が動いたりするのも、心象風景であると解釈していただきたい」

岡田「それは、登場人物の心にはこう映っている、ということなんですか?それとも特定のキャラクターの心の中という事なんですか?」

榎戸「まあ…そこが最大の謎かけ、みたいな。最後にこの世界から出て行った人の心象風景になると思います」

森川「日本のアニメは海外作品と比べて背景をあまり描き込んでないものが多い。それに対して、様式的に事細かに背景を描写してるので画期的。かつそれが書き割り風。あくまでこれは舞台、作り物だという事を前面に押し出そうとしてる」

アンシーをめぐって最初に西園寺と闘うシーン


榎戸「女の子の生き方っていうのは、結局お姫様と魔女しかないんじゃないの?っていうカテゴライズで、みんなお姫様になりたがるけど、なれなかった女の子は魔女になる選択肢しかないんじゃないの?という。
男性に守られ幸せになれるのがお姫様だとすると、単純には守って貰えないので守って貰えるように試行錯誤する=力を持った男性の力を間接的に自分のものにしようとするのが魔女。
ウテナは制服のスカートははいてない。同時に魔女の象徴である竹箒を折って闘う。つまりあそこはお姫様でも魔女でもないウテナがどうやって友達の女の子を守っていくのかな、っていうのをやろうとした」

男装設定について


森川「少女漫画の王道を使って、王道と対峙し突き崩そうとしている」

小谷「跡継ぎが要るから男化されたリボンの騎士とかベルばらの男装とウテナの男装は違う。ウテナは『王子様になりたいから』。それが最初理解出来なかった。王子様になりたいというのと女として愛されたい(恋愛対象が男)、というのが合ってない、と。
宝塚は男役と娘役がはっきり決まってるけど、ウテナは男の写真を大事に持っていたりして、服装と心がちぐはぐな感じがして、セクシーじゃないのはその辺に理由があるのかな?って。男として行動したいのか、女として行動したいのか、なりたいものと好きなものがバラバラで安定してない」

アンシーがウテナの部屋を訪ねてくるところ


榎戸「この世界で、男装してる女子の部屋に、所有物となった女の子がくるって、どういう前提条件なの?っていう所を見てる人に悩んで欲しいなっていうシーン。

ウテナが色っぽくないのは狙ったところで、セクシーでないというセクシュアリティイノセンスな人がそういう世界に巻き込まれている、というセクシュアルさが出るんじゃないかなって。
逆に、友情という価値観が分からないのがアンシー。所有物である自分は、相手が男だろうが女だろうが夜に訪ねていっちゃう。男女の性を越えた、「女」なんですよ。
男性スタッフに訊くと、だいたい、好きなのはウテナだけど付き合いたいのはアンシーっていう答えが多かった」

小谷「ウテナって、男の人がなりたい女の子なんじゃないの?」

虚を突かれたような榎戸さん。

岡田「ぼくは、なる・ならないでいったら、男がなりたのはアンシーだと思う」

榎戸「こういう女の人がいて欲しいな、っていうひとつの理想像っていう気がするんですね。だけど、実際に付き合いたいかって言われるとアンシーを選んじゃう」

高見「結婚するならウテナってこと?」
榎戸「いや、むしろ結婚するならアンシーでは…」

里「制作側は、そういう男性から見た女性、女性から見た男性というギャップを、埋めようとしたんですか?それとも違えてしまおうと?」

榎戸「その問題を、そのままテーマにしようと」

アンシーがウテナカーを走らせて脱出しようとするシーン。


森川「全部が作り物めいて見えるウテナの中で、現実の、見た事のある風景が出てくるのですごい衝撃的だったんですよ。舞浜です。波状のコンコースからお城が見えてくるっていう。
本来、ああいう洋式の風景っていうのは日本の女性にとって家制度から自分を解放してくれるものだったのが、(ウテナでは)まがまがしい、自分が外へ出ていく道筋をはばむものとして逆転させられている」

高見「セリフでも『罠よ!』ってあるし、お城で王子様と住むんだわ、っていう結婚への憧れをすべて否定しているような。そんな所に女性の解放はないんだ、革命はないんだ、って」

岡田「ただ、その結婚して王子様と暮らすっていうのは、かつては革命であり解放だった訳ですよね。好きな人と結婚するなんて革命的な事をしていいんだ!って、50年とか60年前の女性はみんなびっくりして、この世界を作った訳ですよね」

高見「少女漫画のめでたしめでたしはそこだったんだけど、もうそれも越えてるっていう感じ」

小谷「それだけだと女の人は幸せにはなれなかった、っていうのがあって…王子様再構築計画みたいなウテナがあるのかもしれない」

ウテナカー


小谷「わたしは快哉を叫びましたけど。ウテナ、ついに正体をあらわしたじゃないか!って。つまり、鉄腕アトム的な機械・ロボットで、天使のような、性がない存在なのかなって。逆に、乗ってるアンシーは、それまでと変わってしっかりし始める」

岡田「車の運転がうまいっていうのは一般的には男性的であるという記号」

小谷「(アンシーが)自分で自分を助けるように走り出してる」

榎戸「映画の企画段階で監督から出てきたアイディア。とにかく、『劇場版はウテナが車になる』、っていう所から始まった。他のスタッフもみんな、『なるほどそうだね』って」

暁生がアンシーにしていた事が発覚するシーン


榎戸「女の子が作った幻想の王子様像を、リアルにつきつめるとこういう事じゃないかなって。幾原監督のやりたかった王子様っていうのは結局こういう事じゃないかな?って思って脚本に書いたら、そのままオッケーになったから多分そうなんだろうなって。
で、この王子様像っていうのは逆にどう見えるのかな?っていうのを訊きたくて。
男にも王子様スイッチみたいなのを入れなきゃいけない時があるんだけど、それを入れたり切ったりしてる男の悲劇みたいなものが最終的に浮かび上がってきて終わり。しかもそれはアンシーには全部見えてたっていう事の悲劇なんです。男はどうやって生きていけばいいんでしょう…」

岡田「見ないようにしてください、としか男は言いようがないんです!」

革命という言葉の意味は?


榎戸「少女漫画にしても、今の日本の一夫一婦制の中で成立してる物語なのであって、一夫多妻制のイスラム圏の人とかに今の少女漫画を見て貰っても理解出来ないと思うんです。物語としては分かると思うんだけど
恋愛の形態が、そのまま世の中の政治とか国の在り方と結びついているなっていうのがあるんですけど。恋愛の形態が変わっちゃって、新しい恋愛のコンセプトが出てきたら、そのとき変わるのは恋愛だけじゃない、世の中がみんな変わっちゃうかもしれない、っていう所まで含めて「少女革命」というものが描けないかと思ったんですよね。
だから、少女の革命であると同時に、少女の関係性による世界の革命みたいなものも起こりうるんじゃないのかな?って所まで風呂敷を広げたいなって思ったんですけどね」

森川「革命する側の様式が描かれていない。茫漠たる風景に見えるので、革命というより亡命に近いのでは?意図的なのですか?」

榎戸「この作品を作っていた時に描けたのはここまでだった、という事ですね。脚本でも出ていく所までしか描けなかった。その先はまた考えていく、っていう」


岡田「革命後の世界は描かなくていいんですよ。本質的には「世間がこういってる/こうしてる」という所からの内面からの革命で、「私はこう」というのを選んだ瞬間に世界は変わって見えるんですね。それが世界を革命することであり、それを見た周りの人が感化されていく事が革命なんですね。
だからたった二人で荒野に行くように見えても革命してるし、見てる人が「じゃあ自分にとっての抑圧って?それに対する革命って?」と考えさせる所でこのアニメは終わってる。こうだ、というのを描いたらこの作品も抑圧装置の一部になっちゃう。だからこれはこのままでOK。だから僕は男ですけど、これを見て勇気を貰ったところがあります」