「オスカー・ワオの短く凄まじい人生」と越境する作家たち

いしいしんじ×都甲幸治トークショー「越境する作家たち」(1月19日ジュンク堂池袋店にて)に行ってきました。
イベントレポではなくて、それをうけて私が考えた事、というエントリです。特にメモをしてなかったし感覚的な発言も多くて、その場ですら理解しきれなかった事が多いので、お二人の発言に関しても「そんな感じの事を言ってた」くらいに受け止めて貰えるとありがたい。

イベントのきっかけは「海外作品は国ごとに区分しているが、亡命や移住をした作家も多く、どこに分類すべきか分からないものも多い」というものだったそうです。そこで「オスカー・ワオの短く凄まじい人生」を筆頭に、亡命や越境経験のある作家(作品)について語る…という内容になるはずでした。が、いしいさんが「そもそも小説を書くという事が越境行為である」と、最終結論のような事を冒頭に言ってお題を無効化してしまい、あとは小説そのものや創作行為についてのお話になりました。

都甲さんは翻訳者なので、異文化体験・留学した時の感覚などのお話になったのですが、そこでいしいさんが「小説は、結局ひとはひとりという事を書くもの」と言っていました。そう考えると、(冒頭のいしい発言とはまた別の意味で)それこそ海外文学・日本文学という分け方なんかまったく意味がなくなってしまう。

で、自分が海外文学も読んでみるかという気分になったのは、「ひとは結局ひとり」というのとすこし似ている。それこそ文章の比喩ひとつとっても文化的背景が違えば含意を読み取れない訳で、そう考えると読んでも妙に無力感が残ってしまい、海外作品を敬遠していました。でもよく考えれば、日本の小説だろうと時代や地域が違えば容易に意味が取れないものも多いし、そこで「共通基盤が多いから理解しやすいだろう」という予断をもって臨むほうが、実は読解の妨げになるのかもしれない。そもそも隣にいる人だって実のところ何をどう感じ考えているのかよく分からないからこそ色々な創作物があるんじゃないか。そんな風に思って、最近は海外のものも読んでみるようになったのです。もちろんそこで「究極のところ分からないから分からないままでいいや」で済ますのも良い事ではなくて、理解しきれないかもしれないけれど理解しようとしてみる事(海外文学だったら現地の風俗や社会背景を調べて見る事など)も大切だし。そうやって自分の中味を膨らませていく事も楽しい事かもしれないな、とも。日本の小説を読む時の心構えも少し変わりました。

いしいさんが冒頭で言った「小説とはすべて越境」とはおそらく、「創作行為とはあちら側とこちら側を行ったり来たりする事」という意味だったと思うのですが*1、生きるとかコミュニケーションという事が「(自分と他者の間の)越境(を試みるも果たせないという繰り返し)」作業なのかしら、とも考えました。

また、都甲さんが「翻訳は無理な作業」と言っていたのが印象的でした。背景や文化が違うから置換可能な言葉などないんだ、と。あくまで近似値を探しているが、それは翻訳者おのおのの感覚や体験にとっての近似値なので、翻訳者によって出来るものは違うと。だから都甲さんにとって翻訳は二次的な作業ではないし、コラムなどは「原本がないだけ」で、自分にとっては差がないそうです。いしいさんは今プルーストをそれぞれの訳で読み比べをしていて、そうするとやっぱり全然違うそうです。「これは!」と思った箇所を他でどう訳してるか探して見るとまったくピンとこなかったりとか。
都甲さんは朝吹真理子さん*2に勧められていしいさんの「ある一日」を読んだというお話も。


それから

オスカー・ワオの短く凄まじい人生 (新潮クレスト・ブックス)

オスカー・ワオの短く凄まじい人生 (新潮クレスト・ブックス)


一応のお題になっていた「オスカー・ワオの短く凄まじい人生」について、ちりばめられているオタク知識は比喩として逆にわかりにくい、あれがなければ分かるのに、と都甲さんが言っていたので、「あのオタク用語って現地なり日本以外の海外でどう受け止められてるんですか?」と、以前から気になっていた事を質問したら、「訳が分からないと思われている。作者も『あれは分からなくする為に使った』と言っている」とのお答えでした。
私なんかはあの比喩もそれなりに理解出来てしまって、サウロンがどうのマクロスがどうのと、オスカーを取り巻く世界が、SFやファンタジーの言葉で語られるのにふさわしい状態であるという事実に愕然としながら読んでいた訳ですが、むしろ、この人の使ってる比喩とかよくわかんないんだけど?という、それこそ越境者によってもたらされるある種の異文化体験みたいなものとして作者はああいった文章を採用したという事なのかな。理解されてしまうのは本意ではないと。さっき書いた事と逆の現象が起きてしまった訳ですね。都甲さんは「日本人にとって幸せな誤解」と表現していました。

読んだ時に感想書いてなかったので簡単に触れると、私にとって「オスカー・ワオ」は、オスカーより彼の家族の女性達の人生のほうが印象に残る作品でした。非モテとか男子向けみたいな言い方もされるけど、壮絶な女子サバイブものとして読みました。特に女性におすすめです!あと誰もが口を揃える事ですけど、最初のほうが少し取っつきにくいけどそこを抜けると最後まで一気に読めますから諦めないで!

*1:…あまり自信ない…

*2:客席にいた